大判例

20世紀の現憲法下の裁判例を掲載しています。

京都地方裁判所 昭和43年(ヨ)109号 判決

申請人

加藤善朗

代理人

岡田義雄

外二名

被申請人

右代表者

植木庚子郎

右指定代理人

北谷健一

外六名

主文

本件申請を却下する。

訴訟費用は申請人の負担とする。

事実

(申立)〈省略〉

(申請人の主張)

一、申請の理由〈省略〉

二、本案前の主張に対する反論

公共企業体等労働関係法(以下公労法という)が適用される申請人ら現業国家公務員についても、国家公務員法の相当部分が適用されるのであるから、その身分関係に公法的規律が及ぶことは否定できない。しかしながら、右現業国家公務員には所謂労働三法等の適用が排除されていないし(公労法第四〇条一号、国公法附則第一六条)、労働条件に関する事項は団体交渉の対象とされ(公労法第八条各号)、更にこれについて労働協約を締結することもできるのである。このことは現業国家公務員の労働条件については、労使が対等な立場において交渉し決定し得ることを意味し、私企業において労働条件が決定される過程と全く同一である。そこには公権力の意思に優越的な地位を認むべき契機は何ら存在しないのであつて、かような関係を直視すれば、公労法の適用を受ける国家公務員の労働条件に関する事項についてはもつぱら私法をもつて津すべきものと解さねばならない。従つて労働契約の極めて重要な部分の変更を意味する配転の効力に関し民事訴訟手続によつて争うべきは当然であり、被申請人の本案前の主張は失当である。

なお、国家公務員法第三五条および人事院規則八―一二は官職に欠員を生じた場合の欠員補充の方法を定めた規定であつて、「採用、昇任、降任又は転任」(同法第三五条)或は「採用、昇任、配置換又は降任」(同規則第六条)を行なう権限を設定した規定ではない。

故に配転についても、同法第三五条は単に欠員補充の一方法としてこれを定めたものにすぎず、同条によつて配転を行政処分として本人の意に反して行いうる旨を定めたものではない。よつて右法条は配置換を公権力の行使に当る行為と解する論拠にはなり得ない。

(被申請人の答弁)

一、本案前の主張

本件配転命令は西陣郵便局長が国の行政機関として、その有する任命権に基づき、国家公務員たる申請人に対して行つた形成的任命行為であり、所謂、公権力の行使に該る行為であるから、行政事件訴訟法第四四条により、仮処分によつてその効力を停止することは許されないものである。

実定法上、申請人の任免は国家公務員法第三三条、第三五条、人事院規則八―一二により行われる。右規定によると、官職に欠員を生じた場合、それを補充するために任命権者は採用、昇任、転任、配置換等の任用方法のいずれか一つを任意に選択して職員を任命することができるのであり、任命に際しては任用基準に合致している限り、任命権者が自由にこれを行ないうるのである。すなわち、申請人の任用に関する法律関係は私法関係ではなく、国家公務員法による公法上のものであるから、これらに関する行政庁の行為は国の行政機関としてする行政権の行使であつて行政処分といわなければならない。

二、申請の理由に対する答弁〈省略〉(証拠)〈省略〉

理由

一、申請人が西陣郵便局集配課計画係員として同局に勤務していたところ、昭和四二年五月二七日、西陣郵便局長より、申請人に対し、同局郵便課通常係に勤務するよう本件配転命令が発せられたことは当事者間に争いがない。

二、申請人が右配転命令を無効として、本件仮処分を申立てたのに対し、被申請人は、本件配転命令は行政事件訴訟法第四四条にいう行政庁の処分にあたるから民事訴訟法上の仮処分は許されないと主張するので、この点について判断する。

三、申請人の配転は申請人の任用に属する事項である。故に、問題は申請人の勤務関係、就中、任用の法律関係が実定法上どのように規定されているかということに帰する。

申請人は郵政省職員として国家公務員法の適用を受ける(郵政省設置法第二〇条)。国公法第三章第三節は国家公務員の任用に関する諸規定を持ち、これを受けて人事院規則八―一二が右任用に関し詳細に規定する。

申請人は、又、国が経営する郵便、郵便貯金、郵便為替、郵便の振替、簡易生命保険及び郵便年金の事業に従事する、郵政現業職員として公共企業体等労働関係法(公労法と略称)の適用をも受ける(同法第二条)が、同法は郵政現業職員らいわゆる現業公務員について、前記国公法の任用に関する規定の適用を排除していない(公労法第四〇条)。故に、申請人の任用が国公法の規定によつてなされることは明らかである。

四、国公法は任免の根本基準(第三三条)、欠員補充の方法としての採用、昇任、降任、転任等(第三五条、第三六条、第三七条)、任命権者(第五五条)に関し、規定している。右諸規定による任用の法律関係は何か。

国家公務員は憲法上、全体の奉仕者であつて一部の奉仕者ではないと規定され(憲法第一五条)、その事務掌理の基準を法律を以て定むべきものとし、これを受けて国公法は右任免に関する諸規定のほか、国家公務員について適用すべき各般の根本基準を定め、人事院規則もこれら規定をうけて詳細な規定をもつのである。してみると、国家公務員の勤務関係の基本的条件は法律によつて定められ、国によつても任意に決定しえないところのものといわねばならない。しかも、国家公務員の国に対する勤務関係は、単に労務給付の関係につきるものではなく、国の公共目的達成のため、国民全体の奉仕者として勤務すべき公法上の特別の地位に鑑み、国の規律権、支配権に服する特別な関係であることが看取されるのである。

国家公務員の勤務関係を右のように理解するならば、国家公務員の身分の変動、勤務内容等は原則として、法令又は任命権者の監督権に基づいて、画一的、一方的に決められるべき性質のものであつて、その任用法律関係は公法上のもので前記一連の任用の諸手続はこれを行政処分として規定しているものと考えるのが相当である。

国公法第三五条は、官職に欠員を生じた場合には任命権者に職員の任命権があること、任命は、採用、昇任、降任、又は転任の方法によるべきことを定める(なお、前記人事院規則第六条一項によると任命とは採用、昇任、転任、配置換、降任という)。故に、任命権者は官職に欠員を生じた場合、法令の規定に反しない限り、右のうちいずれか一つの方法で自由に職員を任命することができる。国公法は任用の欠格事由、採用、昇任の方法を具体的に規定している(同法第三八条、第三六条、第三七条)ので任命権者はこれに違反しえないし、又降任についても、本人の意に反する降任は同法第七八条により制限されているので、仮令、欠員補充のための降任であつても同条に違反しえないことは当然である。配転については、国公法に、格別これを制限する規定がないから、任命権者において、自由な裁量により任命することができるものといわなければならない。

五、現業公務員については公労法の適用があり、国公法の規定中のかなりの部分の適用が除外され、公労法第八条によると、現業公務員の労働組合には賃金その他の労働条件に関する事項等について団体交渉権、労働協約締結権が認められている。故にその限りにおいて、現業公務員の勤務関係の内に、私企業における労使の関係と同様、私法的当事者自治が許容されていることは否定できない。然らばこれを以つて、現業公務員の勤務関係を当事者対等の労働協約関係とみ、その中で生起する法律関係の形成が全て当事者の自由な合意に委ねられているものといえるであろうか。

公労法第一七条によると現業公務員の争議行為は禁止されている。のみならず、団交権についても、企業の管理運営に関する事項は団体交渉の対象となしえないのである(同法第八条但書)。すなわち、現業公務員は団結権、団体交渉権についても、私企業の一般労働者と異なる特別の取扱いを受けているのである。実定法上、様様な取扱いがなされているのは、現業公務員の従事する国の経営する企業が、非権力的経済活動であるとはいえ、直接社会公共の利益を目的としているので、その管理運営は法律の定めるところ、すなわち、国民の意思に従い運営され、故に、現業公務員も国民全体の奉仕者として公共の利益のために勤務し、且、職務の遂行にあたつては全力をあげてこれに専念しなければならない性質のものであるからに他ならない。してみると現業公務員の勤務関係における当事者自治は強力な制約を受けているのであつて、その勤務関係が一義的に当事者対等を原則とする労働契約関係であるとは到底いい難いのである。

以上の事実に照すと、現業公務員の勤務関係、身分関係の形成は当事者の自治に委ねられ、私法原理のみが適用されるものとはいえないのである。

六、公労法では右の如く現業公務員に団交権、労働協約締結権を認め、これに抵触する国公法の規定の適用を排除しているが、現業公務員もその身分において一般職国家公務員であるから、一般職国家公務員の身分と不可分な任用関係の規定はその適用が排除されていないのであつて、公労法に認める右当事者対等的自治領域は国営企業の特殊な労働関係を活かすために、その限りに於て認められたもので、本来公法関係である任用の本質を変更するものではなく、実体法上配転命令が行政処分であることを否定し得るものではない。

七、〈証拠〉に照すと、本件配転は申請人の任命権者である西陣郵便局長斎藤次郎によつて、国公法第三五条、人事院規則八―一二第六条に定める欠員補充方法の一としてなされた任命権者の処分と認められる。故に本件配転命令は行政庁の処分その他公権力の行使にあたる行為である。

八、以上述べたとおり、本件配転命令は行政庁の処分その他公権力の行使にあたる行為であるから、その効力の停止を求める本件仮処分申請は前記行政事件訴訟法第四四条に照し、不適法として却下を免れない。

よつて、民事訴訟法第八九条を適用のうえ、主文のとおり判決する。

(林義雄 浦原範明 山田敦生)

自由と民主主義を守るため、ウクライナ軍に支援を!
©大判例